リクガメのいる暮らし

その他の雑記

ヘルマンリクガメ日記

私はヘルマンリクガメというリクガメを飼っています。ヘルマンリクガメは人懐っこく、バクバクエサを食べる元気なカメです。私がカメを好きな理由など、こちらは実にどうでも良い内容の雑記となります。あしからず。

私がカメを好きな理由

私が中学生ぐらいのころだったと思う、さくらももこの「富士山」という雑誌が家のトイレにおいてあった。当時うちの家ではさくらももこブームで「もものかんずめ」や「ももこの世界あっちこっちめぐり」などのエッセイがトイレにおいてあった。あっちこっちめぐりはさくらももこが世界のあちこちに海外旅行に行き旅の様子をまとめたエッセイなのだが、中学生の私はそれを読んで人生ではじめて海外旅行に憧れをもったのを覚えている。中でもバリ島の話が凄く印象的でリゾート、芸術、食事と、私は凄くバリ島に憧れた。当時中学生の私は毎日ナシゴレンを食べて気分だけインドネシアを満喫した気になっていた。残念ながら現実は厳しく40歳を過ぎた今でもまだバリ島には訪れることはできていない。今はいい大人になったのでそのうち悲願のバリ島旅行ができたら旅行記をアップして色々と感慨を書きしめたい。

話が180度逸れたが、当時さくらももこの富士山という雑誌の中にさくらももこがリクガメを飼うという企画が載っていた、たしか水槽はこうとかエサはこうみたいな内容だったと思うが、イラストつきの飼育日記はとてもワクワク心がおどって中学生の私は「私もリクガメを飼いたい」と強く思ったのを覚えている。リクガメを飼うには水槽と紫外線がでるライト、カメが体を温めるライトなどが必要で当時は今よりそれらの器具も高価だったし売っているところも少なかった。当時はインターネットもメジャーではなかったので中学生の私は自転車で図書館に通ってはリクガメの飼い方みたいな本をずっと読んでいた。その本を何回も借りたし、何回もその本の写真を見てリクガメとの暮らしを想像しニヤニヤしていた。その後親にお願いし続けて、お小遣いをためて、3年後くらいに初めてリクガメを買ってもらった。初代のリクガメはホルスフィールドリクガメで別名ではロシアリクガメ・ヨツユビリクガメと呼ばれるカメだった。寒さにも強く初心者にも飼いやすいカメだった。今思うと今のカメと比べると人見知りなカメだったと思う。庭にブロックを囲って日光浴をさせてあげると、のっそのっそと庭を歩き回ってタンポポを食べていた。当時私はおばあちゃんと暮らしていたのだが、私が学校に行っている間におばあちゃんが良かれと思ってリクガメを庭にはなして散歩させてあげていた。私が休みの日に日光浴させていたのを覚えていて天気が良いからカメも気持ちかろうと思って散歩させてあげたに違いない。ただ一点おばあちゃんはブロックで庭を囲わなかったので、それが初代カメとのお別れとなってしまった。カメが逃げてごめんと学校帰りの私におばあちゃんが話してきて、当時高校生の私は冷たい態度をとったと思うが、今思えばおばあちゃんはあちこち逃げたカメを探して胸の裂けるような思いで私が学校から帰ってくるのを待っていたのだなと思う。もっと優しくしておけば良かったなと歳をとった今は後悔している。できる人は若いうちに親やじいちゃんばあちゃんが元気なうちにたくさん孝行して欲しい。今年のお墓参りの際には久しぶりにその時のことを謝ろうと思う。

また話が180度逸れたが、私がカメを好きな理由はその進化だ。ライオンが進化の過程で爪を鋭く力を強く進化し、サメが牙を鋭く速く泳げるように進化する中で、カメは甲羅を硬くし手足をひっこめることができるように進化した。他の動物とは違う守りの姿勢、まるでガンジーのような不戦の姿勢に私はカメの常念とプライドを感じるのである。

リクガメがいる生活

ということで、たま〜にカメがいる暮らしをこの雑記のコーナーに気まぐれにアップしたいと思う。私が今飼っているのはヘルマンリクガメ、名前はカメ坊やである。

若かりし頃のカメ坊や、今はもっと大きくしっかり大人に成長して恐竜のように強いです。また紹介します。

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